ChapterV 〜Chapter W〜 ChapterX

      

Process to Growth
家は相変わらず放任主義で、それは偉いと思います。何度も交番に捕まったりしてたのに、うるさく言われたことなかった。親父は俺と同じような奴だったって親戚中も言うから。今でこそすごくおとなしい人になったけど、そういう血統なのかな。「俺も昔は悪かったからな」とか言ってた。だから俺にもやれとはもちろん言わなかったけど、まぁしょうがないというか、ともかく人さえ殺さなければいいやって。
俺も自分の子供が生まれて思うけど、子供は環境の中で受け入れるところは自然に受け入れて、いろんなことを感じながら育ってくれればいいって思う。その他は、あんまり考えていない。俺は親父にそうしてもらったんで、俺はそれをすごく気に入っているし、俺がこうなったのも親父のおかげだなと思うから、俺も子供に関しては好きなことをやらせたい。
女の子で目立つ子はいたな。好きだった。でもダメ。向こうもダメだろうなって思うから。やっぱり中学生って勉強のできる子が人気あるでしょ。だから自分とか別世界。向こうは振り向いてくれないと思ってた。声かけるんだったら、お手軽な子。
そのころは、まだ何になろうかって具体的なビジョンはなかったけど、何となく俺はみんなと違うって思ってた。そのころから歌うまいと思ってたし、ケンカ強かったし、そういう次元だけど。絵も描いたりしてた。小さい頃から絵は好きだった。描いてると、トランス状態に入っちゃうんですよ。何も考えない。無になっちゃう。色は使わずに鉛筆だけで描いてた。よく誉められてたけど、他に天才的にうまい奴やいて、いつも二番だった。小学校から一緒で、そいつには絶対かなわなかった。だけど高1の夏のすごく暑い日に、部屋で裸でエレキギター弾いてて、感電して死んだ。
中学の美術の先生が変わったタイプの人でかわいがってもらった。その先生と俺は考え方が近かった。枠から外れてる。だから俺のことがわかったんじゃないかな。「お前はここまで歪んでいるだろう」って。倫理社会で何かについて書くと、俺は偏ってた。みんなと違う倫理論があって、先生は「そういうのもありだな」って認めてくれた。担任だったから、俺としてはすごく素直にやれた。そこではいつも優越感にひたれたっていうことはある。
音楽が仕事になってから絵は描かなくなった。だけどデモテープ作ってるときは近いかな。そのことだけになれる。仕事だからプレッシャーもあって、いきなりトランス状態にはいけないけど。絵を描いていた時の気持ちは憶えてる。周りで何があっても、シーンとした不思議な感じ。はっきり憶えてないけど、きっと鼻歌なんか歌いながら絵を描いていたんだと思う。

中三になって、とりあえず勉強はやっておかないと、と思った。それは自分のヒーロー像とはかけ離れた姿だった。自分の考え方はかなり早熟だったと思う。自分でもそれが気持ちよかったんだと思う。今もけっこう醒めてる。最近になって自分の生まれてきた意味を考え出すと、醒めてる自分とそうでない自分を感じるけど、クールな自分のほうが楽だったのかもしれない。他人から見えてる自分の像と、自分の持っている像のギャップがあって、優等生になりたいけどなれないからクールでいくんだっていう葛藤は正直言ってあった。クールは優等生になれない良い意味での開き直り。でも、今度はずっとクールでいけるかって考え始める。自分で働いて飯食う時になって、そのとき自分は何ができるだろう。

俺、泣き上戸なんですよ(笑)。すぐホロッときちゃう。中学か小学校の卒業式ですごく泣いたの憶えてる。
                       




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