Last Chapter 〜From the End to Beginning〜        .

      

Keep Yourself Alive!!
ソロになって思ったのは、スタイルとしての氷室京介っていう人間が歪んだ自分でいながらここまで生きてきて、そうやって生きてきたことが何かのメッセージになるような歌を歌いたかった。俺なんて、それこそみんなと変わらない。最初はどこに向かっていけばいいのか見えなかった。でも、最近、やっと到達点が見えてきたような感じがする。
それは音楽を飛び越えたところ。氷室京介のコアなるもの。メッセージとか人間性が完成されていけば、具体的な音楽スタイルとかはどうでもいいってとこにいってる。もしかしたらミュージシャンとして危険なことかもしれないけどね。
自分が歪んだままだったら、補正される必要はない。戻すんじゃなくて、もっとねじれたら正しい姿に戻る気がする。ただ昔は自分のねじ曲がったところを絶対によしとしていたのが、最近はもっと広い意味で人間のこととかを思いやれるようになってきたと思う。もっと素直なところにいきたい。だけど、今までの歴史がありますからね。ランドセルがあり、お寺のボヤがあり、あとは生活の中に細かいこともあったからね。

最近パブリックなものが自分に対して持っているイメージとかけ離れてきてる。どんどん本当の自分に近づいている。昔はコンプレックスを隠そう、それでうまくやろうとしてたけど、ある意味でそういう願望を捨てた。
親父は何も言わないけど、わかってもらえる。かみさんは−、常に悩んでジレンマに陥ってる俺がパーフェクトなんだなってわかってくれる人じゃなきゃ結婚してませんよね。

BOOWYを解散するまで、そんなに真剣に音楽のことを考えてなかったと思う。でもパブリックなイメージがどんどん大きくなって、実物大の自分より大きく語られる中で、それをきっかけにして「自分っていったい何だろう」って考える。いちミュージシャンとしてはすごく不完全な姿かもしれないけど、いち人間としてはパーフェクトに近づいてる気はしますね。
たとえば、10年前の俺が今の俺を見たら嫌な奴って思うだろうし、それをわかったうえでやるべきことはこれなんだ。今それをやらないと後悔すると思う。そういう自分にとって最大の顧客は、子供じゃないな、自分自身かもしれないな。
        



 編集後記



biographyへもどる