PROMOTION VIDEO KS解説

DEAR ALGERNON       

プランナーは森谷氏。「ANGEL」に始まり、森谷氏とのビジュアル全般の作業は「SHAKE THE FAKE」まで続くことになる。「DEAR ALGERNON」は、作品としてはセカンド・シングルにあたる楽曲のプロモーションクリップであるが、アルバムコンセプトをそれぞれに映像化していく事をテーマとしたミーティングの中、氷室と森谷氏はロンドンのヒプノシスのチームと作業していく事を決める。
この時期のクリップは、ロンドンとその周辺、例えばブライトンや、この「DEAR ALGERNON」のように、名もないファーム、野外を舞台として創られたものと、「CHARISMA」や「MISTY」のようにスタジオでつくり込まれた作品と、大きく2種に分かれている。
間接的に楽曲を表現している作品群にあって、アルバム・タイトル・ナンバーでもある「DEAR ALGERNON」は、当初から本人を100%フューチャーしていくことをテーマにミーティングは進められた。
シンプルであること。けれどもそれは、氷室京介にとって新しい試みであった。
Tシャツ、そしてGパン、プライベートでも数々の車を愛す氷室にとって、この作品は、創り込まれながらも、実は非常にプライベートに近い作品だといえる。モノクロに編集されたフィルムの中で、彼は車にもぐり、ガレージから愛車を押し、そしてギターをつまびく。
切り取られる映像は、氷室のプライベートとリンクしていきながら、楽曲のナンバーにリアリティをあたえていく。
この楽曲自体の評価もさることながら、オーディエンスにこのプロモーションクリップが長く支援されているのは、このシンプルな映像に原因があるのかもしれない。
ジェームス・ディーンの最後の車となったポルシェと同型の車、スパイダーのアクセルを踏み込んでいく氷室。ただし、プライベートで、彼はMILKをあれほど好んで口にはしない。
「うまくないよな。」

WALTZ                   

メキシコシティからハイウェイで2時間。クンナバカの街を超えた植民地時代の面影を残す場所に「WALTZ」の舞台はある。朽ち果てた砂糖精製工場と、かつては栄えていたであろう町並み、当然、日本人のアーティストやクルーが足を踏み入れたのはこれが初めてだという。
この場所をチョイスしたのは、ディレクターのラルフ・ジーマンとJOHNS+GORMAFILMのスタッフ。
車で20分ほどのエリアに点在するコテージ風のホテル、リゾートとしてリタイアしたアメリカ人がステイするホテルを宿舎にして、撮影は進められた。食事はセンターのレストランで全員でとる。陽気なラテン達とのやりとり。リゾートとして整備されたエリアと、止まってしまっている風景。メキシコは我々が日本から思うよりもさまざまな側面を持っている。遺跡、スペインの植民地時代、そして太陽やラテンスブラッド、etc...
ラストにスケジュールされた少女と雨のシーンが終了した時、さまざまな言語とともに拍手と握手が繰り返される。氷室のメロディにのせてラルフは、そんなさまざまなメキシコのエッセンスを数分間に凝縮させたのかもしれない。
「WALTZ」とそのメキシコの空気達。
このナンバーは、アルバム「MISSING PIECE」より後発シングル・カットされている。そこには氷室本人の強い希望があった。楽曲としてのクオリティ、そして映像としてのクオリティ。LAに制作拠点を移した後の、間違いない傑作のひとつである。新しい土地と才能の中で、氷室はさらに自身と確信をこの一作によって深めていったのではないだろうか。
ツアーにおけるこのナンバーも圧倒的な存在感を放っていた。

HEAT                         

真夏のLAで撮影されたこの作品は、氷室が実際にレコーディングで使用している「ロイヤルトン・スタジオ」と、ハリウッドのチャイニーズシアター周辺の裏道で行われた。撮影ディレクターは再びラルフ・ジイマン。
撮影初日、朝9時過ぎに赤いフェラーリでスタジオに到着した氷室は、ブラックコーヒーで喉を潤しながら撮影の進行スケジュールに目を通していく。
日焼けした肌、健康的な表情をそのまま生かしての撮影ということで、ヘア・メイクはほとんどなし。すぐに撮影はスタートした。ニール・ドーフツマンやアシスタント・エンジニアのあやさんなど本物の氷室のレコーディングスタッフが映っている部分のスタジオ・カットは、別に機会に撮影されていたため、この日は特別に、大勢の映画のスタントマンたちが集められていた。彼らはラルフの指示に従って、いかにもそれららしい様子でスタジオの中を行き来する。そんなざわついたスタジオの中で、時折スタッフと談笑したりしながら、この日氷室は加藤カメラマンによるスチールの撮影にも同時にこなした。
撮影は2日間に及んだ。初日のスタジオでのシーンに続いて、2日目はドライヴ・シーン。カメラは次々に、LAにクラス氷室の日常をバーチャル体験させてくれるようなカットを収めていく。軽やかな足取りでレコーディング・スタジオ入りする氷室。真剣なスタジオ・ワークの合間にふっと楽しげな笑顔を見せる氷室。そして今はすっかりホームタウンとなったLAの街をフェラーリに乗って走り抜ける氷室。
ラルフへの信頼感とテンポのいい撮影のために、この時はスタジオ、屋外ロケ共に終始寛いだ表情の氷室がとても印象的だった。もっとも撮影の器材を無理やり乗せられてLAの街を走らせた氷室のフェラーリは、翌日すっかり機嫌を悪くして修理を要することになったようだが・・・

炎の化石                

LAから大西洋を渡り、ヨーロッパの中央に位置するチェコの古都、プラハに飛んで行われた撮影。
オール・ロケで3日間、それも早朝から夕暮れ時まで、ぎっしり詰め込まれたスケジュールの中で、氷室は美しく且つドラマティックな映像作品を創り上げた。
プラハは2度目という氷室は「前に来たときにも思ったけど、ここは時間が止まってるよね」とポツリ。どこまでもアグレッシブに進み続け、とどまる事をよしとしない氷室にとって、それはあまりにも異質な空間だったのだろうか・・・。けれどその街並みはこの曲のイメージにはハマリすぎているくらいハマっていた。
撮影中、「炎の化石」のメロディがカメラの後ろで流れると、そこは一瞬にして時空を超えた不思議な場所に変る。プラハの中央駅の構内にある古い時計塔の中。150年前に建てられたという国民劇場の屋上。ゴシック様式のカテドラル・クトィナーホラーを後ろに望む土手。全身、黒い衣装に身を包んだ氷室は、そこで古い伝説を今に伝える華麗なSPRITとなる。
撮影にはLAからラルフたち、いつものクルーがやってきた他、ヒロインにはチェコのモデル、クローディ。そしてこのビデオの名脇役であるレイヴンもチェコの出身だ。
このレイヴンはとてもナーヴァスな上に狂暴にもなる鳥だということで、撮影にはかなり神経を使った。氷室がレイヴンを腕に乗せて歌うシーンを撮影した時には、周りは静まりかえR、氷室も「出来るだけ動かないように」という指示をうけて、緊張感漂い中でのシューティングとなった。
                                       ※引用文献:KING SWING No.42





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