実は、スティーブ・スティーブンスと演りたかったんだけど・・・
これは、ソロで初の東京ドーム2daysライブ「Flowers for Algernon」ライブを終えてのインタビューでのコメント。                                1989.01
−氷室さんの方で”チャーリー・セクストンにどうしても・・・”という理由なんですか?
  「それは、もう純粋にチャーリーのギタリストとしての腕を俺は凄く認めているから。よくあることらしいけど、他の人とか事務所が誰かを探してきてくれて、その中からチョイスしていくっていう方法は絶対に取らないから。いつも自分が”彼とやりたい”っていうのをスタッフにふってゆくという方法は、絶対にありえないと思う。で、今度の彼のアルバム”DON'T LOOK BACK”を聞いてみて、彼って本当はリズム&ブルースが主体になってるんだなって・・・。自分のルーツになっている部分が、そういう部分が出ているアルバム。それもまたいいし。でも、とにかく、あのカッティング。日本で一番いいのは布袋だから。うん。布袋よりいいっていったらあとは海外しかないですもんね。
実は、スティーブ・スティーブンスとも演りたかったんだけど、彼は忙しくて、つかまらなかったし」
※参考文献A

(管理人談)
  もし、ソロ初の東京ドームにてスティーブと共演することができていたら、そしてその後も一緒に演り続けていたら・・・・と思うと鳥肌が立つ。恐らく今とは全く別の方向に進んでいたことであろう・・・。
しかし、「NATIVE STRANGER」で出会ったことは、後にも先にも運命的であったことは間違いない!下記コメントもどうぞ。   

少年に戻るHIMURO・・・
雑誌インタビューですが、どうみても外タレ好きな少年のようなコメントでした。                                                              1998.01
−今回のアルバム作りは以前から氷室さんがリスペクトしていたアメリカ人ギタリスト、スティーブ・スティーブンスとの共同作業でしたね。
「ええ、最初は先行シングルのギターソロだけお願いしたんですよ。で、実際弾いてもらったのはいいんだけど、あのオケにギターソロだけ出てきたら変だなって話になって、その場でサイドギターもやってくれないかって頼んだ(笑)。でね、あとでビデオを作るって話にはってスティーブにも参加してもらうことになってさ。その撮影のときセットの裏で2人きりで待ち時間を過ごすときがあって。ずーっと黙ってるのもなんだから、俺がたどたどしい英語で「今度アルバム作るんだけど、ギター弾いてもらえると嬉しいな」って言うわけですよ(笑)。そしたら、ああ、もちろんってOKしてくれてね。でね、共作して分かったけど、彼のビート感がドンピシャなんだよ。これは嬉しかったね。自分が間違っていないって確認できて一番の自信につながったからね」
−氷室さんがスティーブに弾いてくれないかってお願いしたのは非常にわかるんだけど、スティーブが氷室京介って人間をどうとらえてたんでしょうか。
「ぶっちゃけた話、最初は俺のこと、東洋の変な売れてる歌手で、そいつがなんか自分のこと好きだっていう程度だったと思うよ。ただスティーブが後になって言ったことはね、「NATIVE STRANGER」のレコーディングのときに本当にこいつは自分のことが好きなんだなってのが分かったって。で、悪い気はしないと。で、すごく音楽に対して真剣にやってるってこと、ボーカリストとしての声質みたいなものも結構自分の好きなタイプだってことも言ってましたよ」
−スティーブと氷室さんは同世代?
「そうだね、スティーブの方が一歳上かな。だから話してみて「何々みたいなフレーズはどう?」、「あの頃は当時の何々はどうだよね?」って全部一緒だもん。ピストルズの曲をどういう気持ちで聴いてたとかさ、トンプソン・ツインズで演奏したときはどうだとかさ。それもあって言葉が通じないににこういう経験できるんだなって自信につながったよね。今まで外国人の人と作業するのってかなりでかいことだったのよ。なんか日本人ってドメスティックな音楽やってるし、ダサイって思われちゃうってあるじゃない。日本人結構コンプレックス強いし、俺なんか特に強いタイプだしね。今回は完璧にどこでも行けるなって、音楽さえあれば。すごい可能性を感じた。自分でギター弾いて歌ってる時よりも160%200%にしてくれる相棒がゴロゴロいるからね、スティーブみたいな人が世界には。そうなると日本にいるより向こうへ行っちゃったほうが早いよね。だからそういうことを今やってるのが楽しいし、プロモーションとかでラジオ出るのが絶対いやなんだけど、今回何かがとりついたようなオヤジになって勝手にしゃべってるからね(笑)」
−スティーブとのコラボレートは相乗作用を起こしてプラスになりましたね。
「ね。でもこれが5年前にスティーブと巡り会ってたらたぶん潰れてたと思うんだ。あのすごさにはたぶん勝てなかったと思う。今回はスティーブのすごさを見て俺のポジティブなところを思い出す思考にまわれた、いいタイミングもあったし、ラッキーだったよね。もうスティーブにはすごい感謝してるよ。忘れてたビート感とか、忘れてたエネルギーとか、忘れてた楽しさ、テンション、それを一作で全部思い出させてくれた、これなんだよって」
−それって18,19歳のデビュー時のときの感覚みたいですね。
  「そう!そうなんだよね、その感覚に近い。BOOWYの最初の頃そうだよね。全員根拠はないけど自信はあるっていう(笑)。この感じ、やっぱロックでしょう」
※参考文献K


(おまけ♪) スティーブについて       
1991.4 (NEO FASCIO制作のコメントとして)
いちばん好きなギタリストはスティーヴ・スティーヴンスだから、ああいう”骨まで断ち切る”的なギターをふまえてデモテープ作りをした。
1997.12 (最初に会って思ったことは?)
”えっ、こいつスティーヴじゃねぇや”と思った(笑)。
ビデオとか見るとデカく見えるじゃん? 俺は布袋ぐらいのヤツがくると思ってたのね。意外と小っちゃいなって感じだったんだけど。でもセッティングしてギターを”ギュイ〜ン”って鳴らしたら”あぁ〜、すみませんでしたッ!”って感じで(笑)。
1998.1 スティーブ・スティーブンスのビート感と俺のビート感。お互い、教科書通りのビートじゃないからさ。BOOWYもそうじゃん?いわゆるアイデンティティの強いビートが交差して、ひとつのビートになったわけじゃない?今回のも、それに近いよね。だから、外人勢が作ってくれたオケに対して”俺はビート系の曲をずっと歌ってきたんだよ、バカヤロー”って(笑)。 氷室京介は負けないよっていう気持ちで歌ったよね。
1998.1 スティーブ・スティーブンスはヘヴィメタのギタリストって思ってる人結構多いけど、それってすげー勘違いだよ。彼はね、アメリカ人なんだけどもっとヨーロッパに近い。もちろん完璧にアメリカのギタリストみたいに泥クサイのも出来るけど、スティーブのギターを一言で語れって言われたら泥クサイほうではないからね。でもはったりが効いてるって言うか、はったりの効いてるギタリストいっぱいいるけど、はったりだけの人もいるから。彼の場合は全部ふまえた上ではったりの効いたギター弾ける人なんだ。
1998.1 スティーブの家って防音がされてなくてね、あまり大きな声では歌えないんだ。その状態のなかであの人、ギターソロの練習、ずーっとしてるのよ。危ない人ですよね。俺が近所だったら絶対許さないね、いつだったか1時に約束した時間よりも30分前に俺が着いちゃったのよ。んで、電話かけようと思ったんだけど、俺の携帯のバッテリーが切れてたのね。で、門が開いてたんで、いいや、行ってピンポン鳴らせばいいやって思ったらもう、ガンガンギター弾いてやってるわけ。HEATのソロの構想の部分をやってるなって聞こえるの。その音がすごいなか、俺、ピンポーンピンポーンってやってるのになかなか気づいてくれなかったのよ。で、結局1時になるまでずーっとピンポーンってやり続けてさ(笑)。もうちょっと小さい音でやったほうがいいよって言ったんだけど、全然気にしてない。ロッカーだな(笑)。
1998.1
(HEATはビデオクリップでギターを弾いてるけれど)
アルバムでは俺、弾いてない。スティーブの前で弾くほどアホじゃないしね。俺、結構ギター上手いかな、と実は思ってたのよ。で、スティーブとレコーディングやるようになって、自宅でギター弾くじゃん? ”なんて情けないんだろう”って(笑)。 俺バッカじゃねぇのと思ったもんね。ほんと、勘弁してよっていうぐらいに上手いんだよ。
1998.2 十何年間、自分の憧れでありいちばん好きなギタリストでしたから。俺、彼がビリーアイドルのバックやってるときからレコードは買っても歌、ほとんど聴いてなかったですもん(笑)。スティーブ・スティーブンスが何をやってるかしか聴いてなかったですから。俺はギタリストじゃないのに(笑)。やっぱりそういう意味ではBOOWYの当時から、スティーブ・スティーブンスが俺の後ろでギター弾いてくれてるっていうのが夢として、ビジョンとしてあったんでしょうね、きっと。カッコイイだろうなって。
1998.2 スティーブはワンパク坊主の世話がうまいんですよ(笑)。ビリー・アイドルもマイケル・モンローもそうだしね。ワンパク坊主とばっかり付き合ってるんで、もう俺みたいなタイプは得意なんじゃないですか(笑)。やんちゃ小僧のおもりは得意なんでしょう、きっと。


(おまけ♪)スティーブが語るヒムロについて   
1997.7 彼の音楽は面白いよ、断然好きだね。アメリカのロックグループはグランジだかなんだかの影響でスローな音しか作らないからエナジーを感じるR&Rをやってる奴がいたって嬉しくなったよ。彼のビデオも最高だった。バラードのWALTZ。低いいい感じの声でとっても良いよね。アメリカのシンガーたちは80年代の間、とっても高い声で歌ってたから、僕のようなギターのスタイルにはあんまり合わない。ヒムロのレンジはビリー・アイドルやエルビス・プレスリーやデビッド・ボウイたちによく似てたから何の問題もなくて。みんな、僕にとって本物のシンガーなんだ。





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