ヒムロックの海外に纏わるハナシをまとめてみました。

生まれて初めての外国は?           1989.2頃
俺が生まれて初めて外国に行ったってのは、カナダなんだ。その頃バイトしてた仕事先でコンテストみたいなのがあって、それに入賞して景品でカナダに行ったんだ。もう選ぶ余地なくカナダだった(笑)。自分で初めて自主的に行ったのはベルリンが最初じゃないかなぁ。でも、音楽作りのためとは別に、何かを求めて外国に行く時もあるよね。

今回のレコーディングはLAのオーシャン・ウェイ・スタジオ。
今まで海外レコーディングってベルリンで何回かやってるけど、ヨーロッパ系が多かったんだ。とにかく普段好きな音楽がヨーロッパ系が多いから。ベルリンとLAじゃ、気候とか雰囲気も全然違うし、とにかくLAは、もう太陽がまぶしくて…(笑)。俺、LAに行った時、外があんまりまぶしいもんだから、ほとんど外出しなかったよ(笑)。
※参考文献41


ニューヨーク、ロンドン、パリetc… 
一番落ち着ける外国の街ってどこですか。
   1991.1頃
以前はヨーロッパ−ロンドンなんか、とりわけ好きだったんだけど。
リラックスっていうところでは、ロサンゼルスが最近は一番かな、ソロになってからは、なにかと行くことが増えてるしね(笑)
※参考文献PMC第7回


好きな街                        1993.2頃 
今回のMemories of Blueのミックスダウンって作業で、NYに行ってきたんですけど、やっぱNYって好きな街だな。もう5〜6回行ってるけど、すごい刺激的でね。なんか、物を創りたいっていう衝動が出てくる街なんですよ。人種も雑多で。だからいろんな文化が落ちてるっていう。あの雰囲気が、たまらなく好きでね。LAとかも嫌いじゃないけど、あそこは仕事を持っていくとこじゃないっていうか…。
※参考文献38


PAPARAZZI撮影のため、数カ国渡った        1993.2頃
・アフリカ
アフリカで「UrbanDance」を作ったんですけど、ちょっとした手違いでスケジュールがズレてきちゃって、その曲を俺が2ヶ月間オフをもらって旅行している間に日本に送んなきゃいけなくなって。で、スペインで急遽ギターを買って。7カ国くらいまわってる間に作ってて。たまたまアフリカで「UrbanDance」と「RAINY BLUE」を録ったんです。
摩天楼と言いながら一歩外に出ればウンバガですからね(笑)。アフリカはすごいですよ。一度は行ってみるもんですね。
・チェコ
例えばチェコ・スロバキアって読んでも、やっぱりそれなりに装飾された文章でしかないから、リアルには伝わってこないじゃないですか。やっぱり自分の目で見ると、自分の肌で感じる不都合だったり、共産圏にいることと、普段日本に住んでることのギャップみたいなことは、文で読んでも伝わってこないですもんね。むこうで絵を描きたいと思って色鉛筆を探しに行ったんですけど、色鉛筆なんてぜいたく品で、絶対ないんですよね。何べんデパートをまわって探したりとか。
・(何度も行ってる)ベルリン
BOOWY時代ベルリンの壁があった時にも行ってたけれど…あの頃24,5ですよね。ベルリンの壁を見ても単なるポップなもの、にしか映んないんですよ、正直いって。社会的な背景とか全然わかってなかったんで。
・エジプトのカイロ
不思議なところだよ。すごいね。摩天楼が林立していて結構都会なんだけど、そこからほんの20分行くともう砂漠なんですよ。で、その砂漠にピラミッドが出てくるっていうのが、不思議ですよね。普段、東京で生活している時間の流れみたいなものと全然違う所で存在してる街だから。それこそ5千年とかの人間の流れがあるわけでしょう。すごい不思議な気分になりましたよね。
・(今回のTDは)NY
NYを選んだこと自体は、ニールがいたところだったからですけど、NYはよく行くんですよ。一番カルチャーが落ちてますからね。自分がマンネリ化してきた時にNYに行くと触発されるところはありますよね。ものすごく動いてる街だから、ミュージカルにしてもものすごい数があるし。文化がすごい雑多じゃないですか。色んな人種が入ってて、それぞれがそれぞれの人格をアピールして戦いあって生きてる街っていう印象が強いんですよ。逆にロンドンは閉鎖的っていうか、カラに閉じこもって、その中だけ動いてるから行き詰ると刺激が少なくなっちゃう時期はあります。

※参考文献35


MISSING PIECEレコーディング時            1996.11頃
(今回のアルバムはLA、NY、東京って3つの地点でレコーディング)
出来れば1ヵ所でやりたいんだけど、そうもいかないんだよね。レコーディングが2ヶ月でぴっちり終われればそうもいくんだろうけど、結構流動的で納得いくまで何回も何回も録り直すスタイルだと、他のミュージシャンのスケジュールもあるからいろんな場所になっちゃうのはしょうがないよね。
(個人的にNYの好きなスポットは?)
好きなところ……、ないなぁ。だってほとんど出歩かないもん。レコード買うときはヴァージンで買うけど、単に便利で品数が多いからっていう感じだしね。それに、日本のレコード屋で試聴機のヘッドホンでじっくりと、バカ面して聴けない。
(海外ではどこが好き?)
やっぱロスが好きかな。それは環境が整ってるからね。自分が住むアパート的なものがあったり、足があったり……。勝手が分かってるからね。日本にいるより外国にいたほうが落ち着くってのもあるし。日本にいるとほとんど外に出ることないからね。面倒臭いっていうか、ロスもNYも人が多いんだけど、いないに等しいんだよね(笑)。人のことかまってないからさ、この人達。みんな勝手に生きてるからさ(笑)。それでいてみんな妙にエネルギッシュで。それはそれでいいよね。やっぱ日本が一番疲れるよ。日本にいるときが一番仕事してるからなんだけど(笑)。
※参考文献46


LAに対するファーストイメージは?       2000.3頃
初めて足を運んだのは88年だったのかな。でも、その時はファーストアルバムのレコーディングの作業だったから良い所だなっていうくらいで(笑)。ヨーロッパ、特にロンドンとかにもよく行ってただけれど、こっちで暮らす、というか制作のベースを移した時感じたことは、初めて東京で暮らし始めた頃にすごく近い感じを受けたっていうことかな。自分が影響を受けたアーティストはもちろんのこと、刺激が転がっているということも含めてね。あっ、初めは一人で出ていってるからね。身の回りのことって比較的スタッフがやってくれちゃったりするじゃない。マジメな話、原点に返るという点では今振り返ると、そんなことも大きなポイントになったりもしている。
※参考文献22


LAは第3の故郷                    2000.4頃
あっちには日本人の友達ってあまりいないよ(笑)。ボクは日本人の街とかも行きませんし。ただ、もともと洋楽が好きだったし、アートにしてもなんにしても、自分がすごく興味を持った人がLAに住んでいたのは大きかったかもしれない。98年のツアーにも協力してくれたクロムハーツのリチャード・スタークとか、ギタリストのスティーブ・スティーブンスとか。もちろん気候は開放的で過ごしやすいしね。それと、基本的にはエンターテイメントが大好きだから、新作の映画がいち早く見れるのもうれしいかな(笑)。
(プライベートタイムは)以前も話したけど釣りでしょ(笑)。釣りは大好きですよ、相変わらず。ボートを手に入れて準備は万全なんですけど、まったく出掛けてませんね。今はそれどころじゃないですから。あとは、車で気分を変えるには東京にいる時と同じ。もう全然飛ばさないですけど、ポリスはピストル持ってますし(笑)。
※参考文献42



(管理人談)
…とまぁ、かくいうヒムロックは、現在LAビバリーヒルズ在住中。



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