’91〜’92

  3rdアルバムHigher Self発売、OVER SOUL MATRIXツアー
   SP≒EEDとバンドスタイルを確立し、自分の音楽性をさらに突き詰めて行く…




Higher Self本人解説                       1991年3月
  「Higher Self」の意味は「大いなる自己」ってことで、自分の精神性の高みに昇り詰めたみたいな感じなんだよ。ツアーのタイトルも「OVER SOUL MATRIX」ってつけたし。自分が行けた精神性の高みが、ライブに来てくれたみんなに伝われば一番いいことだよね。
それぞれの”魂の呼応”みたいなこと?オレが伝えたいと思うことが、ただイェーイ、イェーイって騒ぐだけじゃない空間を作ればいいと思ってる。アルバムもライブも興味本位で聴いて、参加してもらっていいんだ。そこで、オレが考えていることのひとカケラでもつかんで持ってかえってくれればね。もうそろそろオレはそういうところに行きたい。
今回はのアルバムに関しては、行きたいところや目的地をハッキリさせて、ここに行くぞ!とかこれを表現するぞ!って感じではないモノが多い。「NEO FASCIO」から一年経った時点で、ライブのときずっとバックを固めてくれたSP≒EEDのメンバーとオレとの間に交流がかなりできたんで、彼らと一緒に、ほかにも作詞家の松井五郎さんやエンジニアの坂元達也さんなんかと一回レコーディングに入ってみたいなと思ってね。その時点でレコーディングに入った。最初にスタジオに入ったのは10月の末だったから、前のアルバムとかに比べると時間はずいぶんかかった。当然、発売日とかは大幅に遅れちゃったしね。レコード発売日とかを遅らせると売れなくなるってジンクスがあるんだけどさ、今回は結果的にそれにも挑戦するっていう・・・(笑)。
もしもアルバムのコンセプトがあるとしたら、今まで一緒にやってきた人との共同作業のなかで、”決め手”ではない何かが出てくるかどうか?ってところを確かめたかった。
たとえば、ベースを弾いてもらうときに技術とか流行じゃなくて、”オーラを発してください”ってオレが言って、その話が通じない人とはきっとオレは音楽を作れないと思う。ボーカリストがいて、何人かミュージシャンが後ろを固めてくれるときにオレが音楽に対していつもたずさわってきた姿勢っていうのは、やっぱり自分のオーラを信じてやってきたから、そこは共通の意識として持って欲しいと思うんだ。
ぜったいに音楽に生きざまは出るからね。それを感じられない音楽はいくらたくさんあろうとも、それはオレのなかでは音楽として鳴らない。
逆に言えば、オーラにグレードなんかないからさ、”おお、スゲェな”と思える音楽にグレードはないんだよ。抽象的な話をしてると思うかもしれないけど歌を歌うこととか音楽をやることって、そういうことなんだなって、今回のアルバムを作ってて思った。
いわゆる若者のためだけに向けた、流行りとして整理された音楽を作る自分ではないところに行きたいし、もうそういう時期に来てると思う。その意味じゃ今回のアルバムに収められた曲はバラバラだし、多少バラード系の楽曲は比重が高いけど、それは最初から意図したことではないしね。
音楽を通して自分はどうすべきなのか?自分はどうあるべきなのか?を追求するのは、もとをただせば、BOOWYの後期から最大のテーマだったように思う。今回、その答えの糸口がつかめたような気がする。
だから「Higher Self」はコンセプトも何もないし、オーラが出る、出ないなんて感じる人にしか感じないしってところで煮詰まったって、今もレコードとして完成させられてなかったら、今のオレの心境には到らなかったじゃないかな?レコーディングというアクションを起こさないと見えてこない世界っていうのあるんだよ。
結局、BOOWYでいわゆる成功を収めて、欲しかったクルマだとか何だとかが手に入ったとき、自分が本当に求めていたモノって何だろう?って考えた。そしたらそれは物質的なモノじゃなかったんだ。そりゃ10年前のオレが今のオレを見たら何ゼータク言ってんだバカ野郎!偉そうにって思うんじゃないかな。だけど、音楽を始めたその衝動自体、物質的なモノを求めて始めたのがすべてではなくて、精神的な自分の依りどころとなる糧っていうか、そういうモノを求めてオレは音楽を始めたんだなってことをすごく感じるよ。物質的な要求が満たされたとき音楽は物を増やす道具ではないことを再認識したんだよ。
参考文献D


"カリスマ”と呼ばれること                             1991年4月   
                        
(珍しい女性誌でのインタビュー。発言も穏やか…) 
−BOOWY解散後、熱狂的ファンに支えられ、みるみるうちにカリスマ的な存在になったことは−
「”カリスマ”などと呼ばれるのは、恐縮としかいいようがなかったですよ。俺の中でのカリスマっていうのは、ビシッと強い自分がある人物。偶像視されることなんて平気だというね。けど、俺はそうじゃないですから。ヘタしたらコンサートに集まってくれるヤツらと同じか、それよりも俺のほうが弱いんじゃないかって思ってた……。あの頃から少しずつ自分って何だろうとか考え始めるようになったんです。いえ、それまでは、そんなことを考えたことも無い人間だったんですよ」
−普通、人気が出て、お金も入ったら最高じゃないかな、なんて俗っぽく考えてしまうんですが。
「でしょうね。俺も昔はそう思ってたから、でも違ったんです。まぁ、それは人それぞれだろうけれど。なんか生意気なようですけど、金が入ることって、そんなにいいことでもないと思うしね。」
−解散後ソロとして活動を始めて、その煮詰まりは解消されたのですか?それとももっとヒドくなったとか。
「いや、解消とまではいかないけど段々とラクになってきています。ソロになってから、自分とは何か、自分の存在する意味というのは何なのかっていうことをどんどん深く追求するようになっていって、結局、ものを創り出すときの魂というのかな、それが第一だって気づいたんですよ。BOOWY時代にも、ソロとなってしばらくも、サウンド的にはいつも完璧で大満足がいっていたのに、何かひとつ、いつもしこりが残ってた。そのしこりって、つまり自分の内面が伴ってないということだったんです。『このメロディ、サイコー!』『泣けるねー、この歌詞』……そういう段階はもういいんだ、もっと深く入り込んだものを創ることが大切なんだ…と。自分探し、といってもいいかもしれない。今回のアルバムHIGHER SELFは、そんな俺の内面がより明確に表現できて、すごく満足がいったんですよね。」
環境の変化
−子どもが出来てから、なんらかの変化がありましたか?
「ありますね。まず、人に対する考え方が大きく変わりました。相手の立場になってものごとが考えられるようになったし、世の中で起こっていることが、ものすごくリアルに感じられるようになりました。戦争にしても環境汚染の問題にしても、すごく身近に感じられる。若い頃はそんなこと関係ねーやってのがあったのに、変わりました。」
−そういう変化が、音楽に与える影響は?
「もちろんありますね。ただ、無理やりというのではく、自然に出てくればいいと思う。前作のNEO FASCIOにも、その傾向は出てるけど、音楽でそれらをメッセージにするのって非常に難しいんですよ。問題提議はできるけど、それ以上のところにはいかない。ただ、音楽というメディアを持ってる限り、もう一歩先まで踏み込みたいとは思ってるんですけどね。……今、思いつく方法はとしては、人間愛、ヒューマニズムといったものを歌っていくしかないと思ってるんですけど、やさしさのバイブレーションをそうやって広げていくしかないかな、と」
参考文献26



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