’93-'94

 Memories Of Blue発売、そして「やり直しライブ」も行われたL'EGOISTEツアー。
SHAKE THE FAKE発売と同タイトルのツアー。ソロとして確かな地位を獲得していく。




L'EGOISTE前読者投稿に対して(ファンの何気ない質問に丁寧に受け答えしてます。しめが笑えます^^)
                                              1993年1月
−BOOWYの時のラブソングがとても本当っぽいっていうメッセージがありますよ。(読者の投稿をうけて) 例えばLOVER'S DAYの一節とか・・・って。
「BOOWYの頃のラブソングっていったら「CLOUDY HEART」のことを言ってるのかな?もともと、BOOWYの頃で本当に切ないラブソングっていったら「CLOUDY HEART」くらいしか自分の中ではないのね。「BLUE VACATION」とかも全部ラブソングだったけど、自分で解剖してみるに・・・どっちかっていうと、プリンス寄りの下世話な言葉を並べて、しかもキャッチーでノリを殺さずにみたいな曲が多いよね(笑)。俺が書いた曲じゃないからノリは殺せないわけじゃん?っていうところに忠実に書いてたつもりだから。リアルなラブソングっぽかったか?俺はそうは思わないけどな・・・ていう答えでしょうかねぇ」
−16歳の女の子から、"氷室と出会ったのは小学校5年生の時”というくだりのメッセージがきてます。
「16歳の小娘に氷室って呼び捨てにされるのも何かいいよね(笑)。親近感を感じちゃうな。だってこれは愛情表現でしょう」
−16歳の時、氷室さんも夢中になれる人はいましたか?
「いましたよ。矢沢さんなんかは中学の頃から好きだったし。やっぱり"時の人”みたいなところがあったんじゃない? ”成り上がり”とかを読んで、”やっぱり男の生きざまはこうだぜ!”(笑)みたいに思ってる時期があったよ」
−”これからもアーティストをやめないで下さい。もし氷室さんがアーティストをやめたら、音楽を聴かないと思います”ってメッセージなんですが・・・。アーティストってやめられるものなんですかねぇ?(笑)
「(笑)俺はアーティストになりたいと思い続けてるけど、なりきれてないところがあるよね。本当のアーティストっていうのは、コマーシャリズムなんてものが思考回路にない人のことだと思うんだ。まぁ、ないのかもしれないけど・・・。でも、アイディ・ウォーホールとかは、コマーシャリズムを入れたところでの、ポップ・アートというジャンルを確立した人でしょ? 俺はアーティストじゃない気がするね。アーティストじゃなくても、ロック歌手でいたいとは思うけどさ。(笑)すべては、アーティストに憧れてるがゆえの苦痛であるわけだしね。」
−”ツアーL’EGOISTE”について・・・”いつも氷室さんの出身地である群馬が皮切りですが、今回は横浜アリーナからスタート。これは何か考えるところがあったのでしょうか?”という。
「物理的に無理だったからそうなっただけという・・・でも最後は群馬でやるよ。群馬でやることになんら作戦はないけど、(笑) 大切にはしててるね、出身地だからね。でも、初日から横浜アリーナっていうのは、すごい緊張感はあるけどね。しょっぱなからあんな広い所でやるのは初めてだから・・・。アンコール公演の要望も多いんだけど、やることが現実的に可能だったらやってもかまわないよね」
−ファンから”氷室京介=一生懸命な人・姿”ととらえられることをどう思いますか?
「そのものズバリでしょう。(笑)一生懸命さでは誰にも負けないと思うよ。それが俺の音楽だと思うし。ただ、俺が作品を作っている時のこだわりがあまりに大きいんで、周りの人達に悪いなっていうのはすごく感じるよね。実際、活動のスケジュールが変わっていっちゃったりていうのも最近珍しくないしさ。プロへのレベルからいったら、決められた範囲の中で納得のいくものを作るってところまで含めてプロと呼ばれるわけだしね。でも俺は自分の納得いくところまでいっちゃうと、時間ってものがなくなっちゃうんだよね。そこは申しわけないと思うけど、仕方のないところでもある」
−「GOOD LUCK MY LOVE」と「Memories of Blue」をどちらもシンプルで口ずさみやすい曲だと書いてきてくれたファンもいます。
「これを口ずさみやすいというとは、けっこう歌が上手い人ですね(笑)」
−最近、趣味として魅力を感じてるものは何でしょうか。
「音楽自体が趣味みたいなものだしね、あろ、機材を買ったんだよ。デジタルのレコーダーをね。その使い方を覚えたりするのも趣味だし。どんどんテクノロジーが進んでいくじゃん?そんなのを全く知らなければ、純粋な気持ちでスタジオで歌ったり出来るんだろうけど、ヘンに俺はカジってるからさ。”今、何をやってるんだろう?”って、やってる作業がわからないとすごく不安になるのね。サンプリングの文化って俺みたいな古クサイ頭からすれば邪魔だよ。極端な話、ヘタクソな歌だってうまくできちゃうからさ。そんな次元で自分は音楽と接してないわけじゃん。そんなところじゃないはずの音楽が、どんどん技術的なものでごまかす方向にいってるからね。だから悩んだり、何回も歌ったりするんだけど、ね。で、自分でもデジタル関係のことをわかっていれば、自分の感情をうまく音にできるかもしれないと思ってね。そこをもう少し追求したい気持ちで買ったんだ。使いこなせるかどうかわからないけど(笑)」
−”氷室さんを知った時、BOOWYはすでに解散していて”というのも多かったですね。もはやBOOWYを知らないリスナーっていうのもけっこういるんじゃないですかね?
「どれくらいの割合なのか、知りたいところでもあるよね。リバイバルで聞いてる人もいるんだろうし。まだ、売れてるもんね。解散して5年・・・BOOWYが売れてることに関して今は、負けたくないっていう次元を別にして嬉しいことだよ。自分が最高と思ってやったことを、時を経てもそれなりに人が評価してくれることがさ」
−あとは・・・・氷室さんの声に対するメッセージもありました。魅力的な声だという・・・僕なんかそう思いますね。ヘヴィーなことを歌っていても、そんなドロッとしないというか。聞こえてくる単純な感じとして・・・。
「マテリアルとしての声には恵まれてると思うよ。どんなものを歌ってもポップに聞こえる声っていうのかな?それはあるよね。自分の声はそういう意味で好きですよ」
−氷室さんの曲のメロディーとかは覚えやすいのに、実際に歌ってみるとすごくむずかしいですね。
「そう言ってくれると嬉しいな」
−歌を練習したこととかってあるんですか?
「ほとんどないな。俺の歌は音程云々っていうことより、譜割りがむずかしいんじゃないかな?普通、日本人の中には16ビートって鳴ってないんだよ。ニブイやつだとどんな曲も4分になっちゃう。(笑)俺のは一拍半くって入るから、その一拍半の符点部分は16なわけじゃない?エルヴィス・コステロとかはよくやるけど、あまり日本人でやる人はいないよね。だかr、あそこで出遅れると、もう合わなくなっちゃう。一時、こんなに歌いづらくてイイのかな?とか思った時もありましたけどね(笑)」
−歌うとむずかしいんだけど、何か歌える気がするっていうのが、楽曲の魅力なんだろうね。
「それ大事だよ。俺のメロディーをすごく気に入ってる人達には、他の歌謡曲や日本のポップスを聴くと、すごく間延びして聞こえるんじゃないかな?って思うよ。俺なんてそうだもの。逆に間延びした感じが心にくる曲ももちろんあるけどね」
−”もう少し小さな会場でライブが観たい”という意見もありました。
「狭いところでやりたいっていう気持ちはありますね。ショウとしてのライブじゃなくて、何でも許される空間みたいなところで。ソロになってから何回かパワーステーションでやってるでしょう?クリスマスとかっていう意味付けをしながら・・・。ライブハウスから出てきた人としては、そこでやってる楽しさっていうのは特別なものがあるよね。デカイ会場でやるのとは別の一体感があるしさ。新宿ロフトからの人なんで、(笑)安心感みたいのがある」
−メッセージの中には社会人になって仕事を抱えながらライブにくる人も結構いましたが、エネルギーが要るでしょうね?
「嬉しいよ。きっと24歳/会社員とかって人は、BOOWYの頃から一緒に成長してきてて、何か聞いてる中で離れずについてきてくれた人だろうね。そういう人達への愛情はあるよね。嬉しいね。毎回ワガママにやってるのにさ」
−”お体に気をつけて”というメッセージも多くて。これは三十路の人に対する礼儀といいましょうか・・・
「ひでぇんじゃないの?(笑)でもまぁ体弱いからね、俺。(笑)ありがとう、お互いに、ですかね?」
参考文献E

今のスタイルはドラム出身から?                     1993年2月
−自分の歌の特長っていうのは、どう意識してるんですか。独特なものということでは。
「譜割りですよね。絶対的に日本のポップ・ソングみたいなものと違うから。耳で聴くと当たりはいいんだけど、歌ってみると歌えない曲が多いんです。だから、それが売れるのが不思議ですよ(笑)」
−他の人にないスリルとドライブ感という。
「スピード感とかスリリングさはあると思いますね。自分でも。」
−そのスタイルは、元々ドラムを叩いてたということと関係あると思います?
「あ、それ思った。言われたのは初めてですけど、俺はやっぱりドラムをやってたからああいうふうなグルーヴでオケに絡んでくるんだなっていう自覚症状はありますよ。2年くらい前から。だから、オケと歌の絡み方というのは、フィル・コリンズが理想形なんですよ。すごく謙遜して言いますけど(笑)。あの人もやっぱり自分で叩いて歌うからドラムとのグルーヴがピッタリなんですね。で限りなく歌うまいなっていう。俺もやっぱりそこに行きたいんですよね。声質とかは違うけど。」
−あんなに甘く歌っても仕様がない。
「そうですよね(笑)。でも、歌う時に自分の歌とのグルーヴとして一番気になるのがドラムですよね。だから、大きいグルーヴで来るとどこで歌っていいのかわかんなくなっちゃうっていうか、そういう所はありますよ。っていうのは、BOOWYはすごくデジタルに近いバンドでしょ。ドンカマがカッカッカッと鳴ってたら、全部ジャストで来るんですよ。ギターも含めて。普通、ベースっていうのはもっとグルーヴがあったりするんだけど、そうじゃないでしょ。そのタイム感が自分の中に残ってるんですよ」
−レコーディングに一番時間のかかった曲は?
「一番時間のかかったのはRAINY BLUEですか。あれはアフリカに旅行に行ってるときにUrban Danceと一緒にできた曲なんですけど、アレンジの空間みたいな所が見えない所でオケを進めちゃったんで、今言ったタイム感みたいなのがしっくりいかなくて、何度も歌いましたよね。自分で納得いくまで。それは音程うんぬんじゃなくてやっぱりグルーヴなんですよ。うねってる感じ。エンジニアにしても西平さんにしても、どこが違うのって言うんだけど、俺にすれば違う。どこが違うのかわからないっていう、それくらい細かい作業になっちゃうんですね。自分の中では、限りなくA型に近いO型ですから(笑)。」
ブルーが好き
−ブルーは大好きな色なんでしょ?
「ええ、大好きです。黄色系はあんまり。黄色は嫌いだな。輪郭のはっきりしてないのはダメです。中間色とかね。赤、真っ赤とか真っ黒とか。はっきりした色は好きですね。仮歌の時もよくブルーっていう言葉が出てきたりすrんです。曲を色分けした時に、ブルーが一番近いと思うんです。B・BLUEというのもありましたし。今回もRAINY BLUEとか。」
−”ブルーの記憶”という意味になるわけでしょ。
「ええ。郷愁だとか、そういうものから連想する色っていうのが、ブルーかセピアなんですね、俺の中では。切ない、限りなく切ないものですよね。失恋した時の瞬間っていいかすか。ブルーっていう色からはそれを連想しますね。俺のラヴソングってあんまりハッピーなものがないじゃないですか。やっぱり振り返って一番良かった頃を懐かしんでるみたいな所があって。その中でどれだけその一番良かった瞬間に対する現時点での自分のやさしさとかを歌っていけるか、というのがでてると思いますよ。」
−ガレージの中でオイルのしみたシャツを着て涙を拭ってる…。というMemories of Blueの世界は、フィクションという感じがしない。
「限りなくノン・フィクションに近いフィクションですよね。いつもそうですよ、俺の場合。全くの作った言葉で物語を作るというタイプの人もいますよね。でも、そういタイプではないみたいですね。リアルに歌えなくなっちゃうんですよね。自分の中にないもので歌い上げるという、いわゆるプロに徹したヴォーカリストじゃないみたいですね。」
−歌の中での10代の頃の自分っていうのは、今、どういうふうに自分の中にあると?
「極めて限りなく変わっていない(笑)。その頃から全然変わってないかもいしれませんね。変わらなければいけないかなっていう気持ちが要素のひとつとして入ってきてるくらいのもので、ただ変わらずにいますからね」
参考文献35

Memories of Blue完成時                         1993年1月
−アルバムの曲順について
「曲順は悩んだんですね。いつものおれのアルバムだとビート系の曲は絶対に頭にして、導入部として盛り上げておくっていう流れがあったんですけど、今回は逆にそういうのを後半にもっていって前半の5曲はオレの好きなタイプで、しっかり聴いて欲しいという曲なんですよ」
−Memories of Blue…ブルーという色に込められた記憶。
「オレの歌って仮歌の時からブルーっていう言葉が多いんですね。B・BLUEというのもあったし。郷愁だとか、ロマンチックっていうか、センチメンタルな印象っていうイメージがブルーなんですね。ロキシー・ミュージックとか、ニュー・ロマンティックスみたいなものは好きなんですよね」
−ロックの概念とは?
「ロックの概念のとらえ方が、聴き始めたときと全然変わってますよね。昔は技術的なこととか方法論、演出みたいなところでこれがロックだっていう形を決めてたんですけど、ここまで決して短くない時間、音楽をやっていると、もうそうじゃないですね。精神性というか。その人が何を歌いたくて歌ってるのか。どんな痛みを持って向き合ってるかという誠実さ。誠実ってロックと対極と思うかもしれないけど(笑)。何を表現するのかを一番誠実にやらなきゃいけないのがロックだという気がしてるんです。」
参考文献39





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