’99-'00

 本当の素晴らしい音楽とはいったい何か・・・
オリジナリティのスタイル、ポピュラリティとしての音楽を確立していく。




ONSその後・・・                                  2000年2月7日
−ONE NIGHT STANDが終わった後というのはどういう状況だったんですか?
「2ヶ月くらい何もしないで、ぼうっとした時間を過ごしてましたね。というのは、それまでアルバム作りからはじまって、コンサート制作までずっと集中してテンション上がってて、最終日が終わった時、自分の出来るだけのことは出来たという満足感がすごくあったんですよ。あれだけ、充実して取り組めたって事なかったんですね。それでしばらくぼうっとしてしまったんですけど、それがたたって、今回、最後に時間がなくて大変でした(笑)」
アルバムMELLOWについて
−去年、99年の初めには、どんなビジョンをもってたんですか?今年はアルバムだからこうしようとか。
「その頃ってSLEEPLESS NIGHTをリリースする辺りですかね。違うか、ほとんど忘れてますね(笑)。でも、曲作りに入ったあたりか。タイプの違う色んな曲が出てきていた時ですね」
−その頃にはもうアルバムの全体像は見えていたんですか。
「はっきりとしたコンセプトみたいなものはなかったんですけどね。でもSLEEPLESS NIGHTを作った時にあそこまでわかりやすい8ビートものはこれを最後にしようとは思いましたね」
−最後にしようという明確なものがあったんですか。
「ありましたね。ああいう曲は作ってラクなんで。比較的すぐ出来るんで」
−時間が足りなくなった、タイトになった最大の原因は何だったんですか。
「簡単ですよ。前半さぼってたから(笑)。あの2ヶ月がなければもっとスムーズでしたからね。でも、よっぽど飛び抜けた才能の持ち主はそうやってぼうっとしていいんでしょうけど、僕は駄目ですね。せめて1週間に一度のオフ(笑)。あんなにぼうっとは二度としませんよ」
−ミュージシャンもこれまでとはかなり違ってますよね。アルバムの中で、スティーブ・スティーブンスはSLEEPLESS NIGHTだけでしたし。
「昔からやってみたかった人ばかりなんですけどね。ウォール・フラワーズのベースとかスティングのところのドラムとか。色々試してやってますよ。これkらこういう曲ならこの人と選べるだけの人は捜せたかな。でも、スティーブとは今もいい関係ですよ」
−そういう意味でも色々試しているアルバムといっていい。
「試してますね。僕は、昔から曲作りに関して感じてることなんですけど、音楽のレンジが広いんですよ。その中で氷室京介のテイストとは何かってずっと探して絞り込んでいくというのが永遠のテーマなんですね。今回比較的バラード系とかメロウなのが多くなったのも新しいトライで、そっちの方をどこまで突き詰めていけるかというトライをやってみてるんですけどね」
−定番とも言えるハネたタイプの曲がないですからね。
「意識して排除したわけじゃないんでしょうけど、自分の中で出てこなかったんですね。それに、バカみたいに速い曲とか(笑)。いつもありますよね。倒されそうな前傾姿勢もないですもんね。今回So Far So Closeとか、そういう曲をキチッと聴いてくれるアルバムの枠を作りたかったんでしょう。自分の精神状態が」
−でも、バラード系の曲って、全然違う表現力が要求されるでしょう。
「ですよね。単純に、今まで得意としていた速い曲みたいにエネルギーを注ぎ込むだけでは歌えないですからね」
−昔のバラード系を歌い直すということはありそうですか。
「それは考えてることは考えてるんですよ。昔の歌を今アレンジし直したり歌い直したら全然違うものになりますよね。特にバラード系はね。昔からバラード系は録るのに一番時間かかってますからね。魂を抱いてくれとかWALTZとか4日かけてますけど、今回、1曲1曲に時間かけすぎると小さなところまで気になりすぎてというのもあるんですよ。全体像を見失ってしまうという。今回、全体像を持ち続けるという精神力は最後まで持てたと思うし。自分では納得してますよ。ただ、2年後にこのアルバムを聴いて不自然に聴こえたりすることはあるのかもしれないけど、その時その時の自分を信じないと前には行けませんから」
参考文献Q


LAに拠点を移して数年…                       2000年3月
−LAに対する氷室さんのファーストイメージはいかがなものだったのでしょうか。
「初めて足を運んだのは88年だったのかな。でも、その時はファーストアルバムのレコーディングの作業だったから良い所だなっていうくらいで(笑)。ヨーロッパ、特にロンドンとかにもよく行っていたんだけど、こっちで暮らす、とうか制作のベースを移した時感じたことは、初めて東京で暮らし始めた頃にすごく近い感じを受けたっていうことかな。自分が影響を受けたアーティストはもちろんのこと、刺激が転がっていることも含めてね。あっ、初めは一人で出て行ってるからね、身の回りのこと、例えば洗濯とかも全部自分でやったことが、そうかもしれない(笑)。日本にいるとわずらわしいことも多い代わりに身の回りのことって比較的スタッフがやってくれちゃったりするじゃない。マジメな話、原点に返るという点では今振り返ると、そんなことも大きなポイントになったりもしている。今じゃ自分でミュージシャンのブッキングもドンドンしちゃうからね」
−音楽に関しては?
「根本的なところでも変ってきてはいるんじゃないかな。以前発表した作品を聴き返すと、どうしてここでこの音を入れたのか、とかこのポイントで歌ったのかを考えたりするからね。それは多分こっちで知り合ったミュージシャンやアーティスト達の影響だけじゃないと思う」
−そんなLAでのプライベートタイムは?
「数年前からハードティスクレコーディングにはまりましたからね。好きな釣りとかにも出掛けずにスタジオに篭っている日が多くなったかな。まさにプレイグランドっていう感じ。新しいモノが出てくると放っておけない(笑)」
作詞の森雪之丞さんについて
−雪之丞さんとはどんな始まりだったのですか。
「雪之丞さんとはお付き合いさせていただいてまだ2年くらいなのかな。だからアルバムを一緒に創るのは初めてのことなんだけど、本当に刺激的だし、今回はタイアップ楽曲に対する考え方とかも貴重な意見をいただいたりですごく感謝しています。初めてゆっくり話したのは前回ツアー中だったのかな、確か札幌まで来ていただいて。その時もすごく楽しかったけれど、今後に向けてコラボレーションしていくことがホントに楽しみですよね」
−その時はどんなお話を。
「お互いのキャリアとか…。他の人が聞くと大した話じゃないんじゃないかな(笑)。市内のすし屋で待ち合わせしたんじゃなかったかな。雪之丞さんも独特な雰囲気ありますからね。俺ら達の席だけきっと浮きまくっていたかも知れない(笑)」
参考文献22


『ビート感』は変わったか?                       2000年10月
−氷室さんの中でのビート系楽曲の定義みたいなものは変わってきてますかね。
「ビートの曲のどいいうタイプがカッコイイってこと?それは変わってるんじゃないかなぁ。だって、その時代その時代で一番ファットなビートっていうのがあんじゃん、やっぱ。で、今はやっぱ、オレの中ではフーファイターズとかさ、あの辺のものがビートのバンドの中ではカッコイイんだよね。だから比較的揺れてるよね。揺れてるし、ちょっとモタいっていうか。テンポ速いんだけど演奏がモタいんだよ」
−比較的、だから現実的な、モダンなビート系の楽曲を具体的に上げろって言ったら、bringing da noiseとかああいう感じかな?
「うん。あれはモダンなものにトライしようと思って。レイジ・アゲインスト・サ・マシーンのCDを聴いて、こういうのをオレがやったらどうなるんだろう?と思って。だからああいうことも・・・あれでアルバム大半を占めちゃうと今度はちょっと誤解されちゃうし。でもやってて面白いけどね。あれもぜんぜん固くないじゃない?グリッドに全部ズレてるからさぁ。人間的にヨレてる感じのものに、ちょっと古くさいリフを感じさせるようなギターの大きいフレーズっていう。レイジはカッコイイよね」
−氷室さんのビート感っていうのは、LAに住んでから、日本にいるときと変わりましたか?
「解放されたところはあるんだけど、日本にいたときから、自分のビート感と演奏してくれる人たちとのビート感っていうのは、やってくるミュージシャンは頭で理解してくれようと頑張ってくれてるっていう感じはあったよね。で、こっちに来ると、オレの求めてるビート感では絶対演ってくれないの。どれも特殊だから。ただ、向こうが提示してくるビート感っていうのが、オレが好きな音楽の中の一種では必ずあったりするワケで。でもその意味では楽だよ。そっちにオレが寄り添うとか、その、縫って行ける・・・ポケットがたくさんあるんだよね。ポケットになるっていうのがすごい大事でさ、ポケッティなオケには音程がズレてようが何しようがパフォーマンスで山場を作っていけるんだよ。キャリア長いから。でもそれが四角四面にいかれると、もう自分も四角四面にいかないと、ただのヘンな人になっちゃうから。そこが難しいよね。良いオケじゃないとね。オケで歌いやすい歌いづらいってあるよね。」
MELLOWで向こうに行ってしまったのか!?
−今回坂元さんとトラックダウンをしているのですか?
「うん。音の構築の仕方はやっぱり・・・久々に日本人の構築の仕方が懐かしくて、逆に新鮮だよ。きれいできちっとしてる。今回のアルバムは音の録り方もすっごいザックリと荒いからさぁ。ものすごいきれいにまとめてくれって言っても無理があるんだよね。だからちょうどいい感じ。
もう割れるぐらいまでいってる感じ。そういうのもけっこう流行ってるしね。ビート系の曲だし、それぐらいゴンゴンにいっちゃうのもいいかなって。
録り直すのはスローなバラードなんだよ。それはきれいにまとまってるんだけど歌だけ暴れてるんで。坂元さんアプローチの方がたぶん正しいと思うんだよね。一番おとなしい曲で、一番音もきれいに録れてるヤツで。だから歌のほうを寄り添わせて。他の曲が暴れてるから。けっこう良いと思うよ。ファンは絶対、今回のアルバムの方がコレだよな、って言うと思うよ。”やっと戻ってきた”みたいな(笑)」
−(笑)MELLOWで”向こうに行ってしまったのか、氷室京介は!?”って。
「MELLOWが良いって言われると嬉しいけどね。でもなかなかわかんないみたいだな、あの感じは。オレがもともとああいうアーティストだったら違うんだろうけどさ」
−MELLOWで示したミドルの感じをこれまでやってきた人だったらね。
「うん。でも昔のスタッフなんかでもMELLOWが良いって言うヤツは、やっぱ音楽に詳しいヤツだとかだからさ。MELLOW良いッスねぇとか。ここ何作かの中では一番いいと思いますよ、みたいな、そういうメールをくれたりするから。そういうところでけっこう、元気が出たりするよね。
−別の頂上を登ってみたいっていうのはあるでしょ?
「ある。そういう意味では、すごいナイストライっていうか成功してると思う、MELLOWで。そこである程度自分の中での納得感があるから、今回けっこうまたちょっと吹っ切れてるっていうか、また楽しんで出来るんだと思うしね。その辺のバランスは毎回取っていけばいいんだけどね」
参考文献P


一年に2枚のアルバム。異例のハイペース!?                2000年10月
「音楽をやることがこんなに楽しくていいんだろうかって不安になるぐらい(笑)。音を出してみたいミュージシャンには自分で電話して、一度やってみたいという話をするし。こっちのミュージシャンからす推薦された奴とも試すようにはしてますよ。やりたいことが沢山あって時間が足りない(笑)。」
−今年2枚目のアルバムが出る。一年に2枚というのは異例のハイペースだが。
「モーニング娘に負けないようにね(笑)。でも、そういう時期なんだと思いますよね。次々に出来るし、そのままにしていても仕方ないし。MELLOWで好き勝手なことやったし、今回は、みんなが望んでいることも踏まえて作ったという。自分でも”氷室京介”を楽しんだ気がする」
−『beat haze odyssey-』。ビートに煙る旅、とでも訳せば良いだろう--。
「前のめりな早い曲もあるし、シャッフル系も、ファンクからシンプルなバラードもある。そういう意味では、俺のビートが再検証されたアルバムともいえますよね。みんなにも楽しんでもらえると思う。」
下の世代のバンドについては?
「いいバンドも増えてきてますよね。でも、相変わらずそうじゃない、どうでもいい音楽も多いですよね。その辺のちょっとかわいい子連れてきて歌わせてるだけみたいな。何でこんなのがヒットしてるわけっていう。よく知らないですけど(笑)」
前回ツアーから2年ぶり。チケットは即日完売。
「前回のツアーをやった時に、スティーブと一緒に、もっと狭いところでやったらカッコイイだろうなって思ったんですよ。彼、めちゃくちゃカッコイイじゃないですか。それに最近、ずっと地方とか行ってませんしね。スケジュールは大変だと思いますけど。身体が慣れてくれば大丈夫だと思いますよ。でも、ドキドキしますよ。今回は自分でも楽しめればと思ってますから。
今世紀のビート系ボーカリストの集大成としてどこまで出来るかっていうとこがあるんですよ。」
参考文献32



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